2009 KOSTA-1

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2009KOSTA.JPGのサムネール画像

アクセス

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住所:山梨県甲府市朝日1-5-8 TEL:055-252-6119
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概要

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藤池舞先生


正式名  : ヨハン甲府キリスト教会

担任牧師 : 李政美(イ・ジョンミ)宣教師、藤池舞(ふじいけ・まい)宣教幹事

Email:kofu@yohan.or.jp

URL: http://kofu.yohan.jp/

ヨハン早稲田キリスト教会の兄弟の証:

 私は、大学4年の時に、あるクリスチャンに出会いました。
その頃の私は、大学を卒業し、大学院を受験することは決めていたのですが、
将来に対する不安からうつ気味の状態でした。

そのような時にそのクリスチャンに教室前で声をかけられました。

『サルでもわかる聖書講座』という講座をやっているとのことでした。
聖書のことについて興味がありましたし、お菓子をくれるということだったので、
入ってみることにしました。

講座では、イエス・キリストの生誕について簡単に学びました。
その後、教会に多少興味があったので、行ってみることにしました。

12月18日、はじめて教会に行きました。
慣れなくて多少戸惑いましたが、色々な人が暖かく迎えてくれました。

 その後、3週間ほどは教会に行きませんでした。
その間、長崎に帰省していたのですが、聖書は読み続けていました。
東京に戻ったときに、誘われたので、再び教会に行くことにしました。
はじめての人のための聖書勉強会がすごく楽しく感じたのを覚えています。

同じ頃、受洗を受けるための準備クラスが始まりました。
私は信仰の確信はなかったのですが、交わりが苦手で、聖書勉強が好きだったので、
クラスに入りました。
「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、どんな種よりも小さいのに、
成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる」(マタイ13:31-32)
小さな信仰しかなかったのに、聖書勉強・受洗クラス・ユースキャンプと御言葉を聞く恵みが与えられ、
信仰の恵みが与えられたこと、受洗するまで導かれた主の愛に感謝します。

私は信仰を持ってから、ロースクールを受験しました。
この中で、神様の恵みを体験することができました。
精神的な苦しみと、肉体的な苦痛の中で心がくじけてしまったときも、
もう一度立ち上がることが出来たことに感謝します。

 そして、先日A大学ロースクールに合格することができました。
私という人間が変えられ、思いを変え、環境を変えてロースクールに合格したことは
先生方と私を導いてくれた兄弟姉妹の祈りと信仰の勝利だと思います。
ロースクール合格は、まだスタートラインの 50メートル手前に着いたばかりです。
皆さん私のために祈ってください。
弁護士として神様の栄光のために働くビジョンが与えられるように、
またその分野で神様の御旨が何であるか悟ることができるように。

最後に「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい」(ヨハネ7:37)
と書いてあるように私がいつも継続的に御言葉で満たされるようにと祈ってください。

ヨハン早稲田キリスト教会の兄弟の証:

僕が初めて教会に行った時のイメージは、
「何でこんなにこの人達は明るいのだろうか?」
「ずっと笑顔でいて、どうして初めて会う他人の事まで心配してくれるのだろうか?」と、
その当時の自分は、どうしてこんなに温かく接してくれるのかわからず不思議に思っていました。

そして真心のこもった誘いのおかげで教会に初めて行ってから10日後に、
冬のユースキャンプに参加している自分がいました。
今思うと、教会との出会いはなかなかのアグレッシブなスタートだったなぁと思います。

昔から宗教に対して悪いイメージを持っていた自分は、
教会が、想像していたイメージと全然違ったことにとても驚かされました。

自分は普段から何事もまぁ、どぉーにかなるだろうと考えていて、
大学ではバイトして単位をとれる程度に最低限勉強して、
サークルに入って・・・というありがちな大学生活を送っていました。
それは常に何か心が満たされない感じの日々でした。

そんな生活を送っていた自分にとって、ユースキャンプはとても新鮮で、
言葉では言い表せないような、今まで体験したことのない不思議な感じのものでした。

その中でもキャンプファイヤーで聞いた兄弟姉妹達の証しがとても印象的でした。
自分と同じようなことを思っていた人達がいたこと、
そしてその人達が神様を信じて神様に出会い、人生が変わっていったという証を・・・。
それを聞いて本当に心が熱くなり、衝撃を受けたことを今までもしっかり覚えています。
その証しを聞いて、自分はこのままで本当にいいのだろうか・・・?と考えさせられました。 


 そして、教会には行ったものの
心のどこかで神様なんて信じることはないだろうなぁと思っていた自分は、
早くもユースキャンプを通して神様を信じるようになったのです。

今まで悩んだり苦しいことがあっても誰にも相談したりせず、
1人で抱え込んでいました。
そんな時も、また自分にとって、楽しい時、嬉しい時、そして辛い時、悲しい時、悩んでいる時など、
どんな時も神様が共にいてくださると知って、今まで満たされることのなかった心が、
満たされていくことを感じるようになりました。

そして、受洗を受ける恵みを頂き、今はまだ一歩一歩ではありますが、
信仰生活を送っています。

また、初めの頃に抱いていた、
「なんでこの人達は、他人の自分にも温かく接してくれるのだろうか?」という疑問も解決しました。
それは、「自分がイエス・キリストを信じ、人生が変わっていったことをただ伝えたかったからなのだと。」
そして全ては、神様のご計画であると。 
 また、そのことは、エレミア書29:11~12の御言葉を通しても答えを与えられました。
「わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。
それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えられるものである。
そのとき、あなたたちがわたしを呼び、来てわたしに祈り求めるなら、わたしは聞く。」
という御言葉です。

なので、まずは神様を信じてみて下さい。
それが初めてのスタートです。
信じたら、本当にたくさん御業を体験することができるはずです。

初めてのあなたへ

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ヨハン甲府キリスト教会のホームページへようこそいらっしゃいました。みなさんを心より歓迎いたします!クリスチャン文化の触れる機会の少ないこの日本で、こうしてみなさんとお会いできたことを嬉しく思います。 さて、このホームページにいらっしゃったみなさんの中には、まだ一度も教会という場所へ出かけたことのない方もいらっしゃるかも知れません。このコーナーはそんなみなさんに少しでもお力添えできればと思い作られました。みなさんのお役に立つことができれば幸いです。

聖書は大きく、「旧約聖書」と「新約聖書」とに分けられます。「旧約聖書」は「これからいらっしゃる救い主」について、ユダヤの歴史書、預言書、詩などを 通して語られ、また「新約聖書」は「この世にいらっしゃった救い主(イエス・キリスト)」について証しをする書物です。ヨハネによる福音書5章39節に は、「あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書はわたしについて証しをするものだ。」とあります。今までに 2,377カ国語に翻訳されており、1815年から1998年の間に約3,880億部が発行されたという統計もあります。まさに本の中の本(THE BOOK)ですね。

ヨハン教会のリスト

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ヨハン教会の一覧です。

日本各地に開拓教会が建てられつつあります。


【日本語部の教会】



【外国語部の教会】



【海外の教会】


ヨハン早稲田キリスト教会のある姉妹の証:


私は、現在、技術商社に勤めています。
ヨハン教会に通い、クリスチャンになりちょうど今月で丸5年がたちます。

私が初めて教会を訪れたのは大学を卒業する目前でした。
教会に行ってみない?という同じ大学のゼミ生だった友人に誘われたのですが、
行く気持ちにはなれませんでした。

勉強もバイトも忙しく、また、興味がわかなかったからです。
けれど、本当の理由は、宗教に対する偏見でした。
何より神に頼るだなんて、心が弱い人がするものだと思っていましたし、
今まで自分を成長させるために自分に厳しく何でも努力してここまで来た私にとって、
神の存在はこれまでも、これから先も決して必要ないことだと思っていました。

けれども、そんな私が、なぜ教会に行こうと思ったのか・・・。
それは、大学を卒業する直前、希望の大学で勉強し、希望の就職先が決まり、安定した生活。
足りないものはないはずなのに、何かが足りないと感じるようになったからでした。

そして、教会には私が求めている何か答えがあるような気がしました。
そこに答えは確実にありました。聖書を通して神様が教えてくれました。
しかも、想像を超える沢山のものを加えて私に与えて下さいました。


イエスキリストを信じる人たちが、力強く明るく、装った愛ではなく、
暖かく、時に厳しく、本来の生き生きとした姿を持っていることみて、
私も信じて生きる人生でありたいと思いました。

聖書を読むにつれて見えてくる自分の罪の思いや心の苦しさは、
罪責感に終わらず、悔い改めとともに神様の赦しがあることが感謝です。


私はそれから毎週日曜日は教会に欠かさず来るようになり、
訓練を通して、聖霊に満たされること、証しのある生活、
伝道する喜びを体験するようになり、神様が与えて下さろうとしている
たくさんの祝福をもっと大きく広い心の器で受け止めたいと思うようになりました。

私が受け取った神様からの愛のプレゼントのことを
まだまだ知らずに受け取っていない人が沢山います。
口下手でも表現に自信がなくても、
神様のことを伝えたくて仕方がない思いでいっぱいで、
会社の人、友人、知人にイエス様のことを伝えています。


会社のお昼休み、同僚と色々な会話をするうちに
抱えている問題をお互いに話し合うようになりました。
しかし、数週間たっても以前話した内容と根本的に変わらない内容を
彼女が話していることに気がつき、
私自身の価値観からのアドバイスや単なるおしゃべりの中では
人は変わらないことから、彼女のために祈るようになりました。


共に聖書を開いて読み、イエスさまのことを伝えた後の彼女から出た言葉は
確実に今までとは違うものでした。
神様の言葉には人を根本的に変える力があることを実感しました。
神様が私を主のために用いて下さるのは本当に恵みで感謝の心で一杯になります。


これからも祈りながら、イエスさまを力強く伝えていく者でありたいです。
これで私の証しを終わります。ありがとうございました。

ヨハン早稲田キリスト教会のある兄弟の証:

現在早稲田大学理工学部の2年生です。
私は高校時代までは、高慢で口答えが多く、激しい性格の人でした。


それに高校時代は寮生活で散々悪事を働きました。
そんな生活の中、とうとう大学生になりました。
大学では誰でも強くなれると誘われ、
運動経験がなかったにもかかわらず、
空手サークルに入って空手を始めました。
しかし、その空手が極端に下手でうまく身につきませんでした。

その上、高校時代までは猛威を振るっていたはずの成績も転落していき、
失望の毎日を送っていました。


そんなある日、私はたまたま参加した大学のキャンパスでの
ゴスペルのイベントで、
同じ大学の先輩からクリスマスコンサートに誘われ、
教会に導かれました。一昨年のクリスマス前のことでした。

私はその時は無神論者でしたが、ピアノの経験があり、
音楽が好きだったため、ゴスペルソングを楽しむことが出来ました。


そしてその日、私は、人はみな罪人であり、
イエス・キリストは十字架の死でそれを許してくださったということを聞きました。

また、罪とは行動したときだけでなく、
心の中で思ってしまっても罪であるということも聞きました。
それで私は高校時代にやってきた悪事や
今までさんざん人を恨んだりしてきたことなどを思い出し、
心が痛みました。

クリスチャンではなかったのですが、
さすがに罪のことは認めざるを得ませんでした。
その日からは、その先輩と週一で聖書勉強するようになり、
イエスキリストの預言や誕生や死と復活の話や、
四つの法則などを学びました。


自分は罪人だということは身にしみて分かっていましたし、
神様はそんな私たちを憐れんでイエスキリストの十字架の死で
助けてくださったことや、
神様は御自身の計画で私たちを導いてくださっているなどと聞き、
嬉しい話だとは思いましたが、
さすがにクリスチャンになるのにはまだ抵抗がありました。

教会は、気が向いたときだけ行っていました。
そんなある日、私は空手で挫折しそうになり、
たまたま聖書を開き、こんな御言葉を見つけました。

「立っていると思う者は、
倒れないように気をつけるがよい。
あなた方を襲った試練で、
人間として耐えられないようなものはなかったはずです。

神は真実な方です。
あなた方を耐えられないような試練に
合わせることはなさらず、試練と共に、
それに耐えられるよう、
逃れる道をも備えていてくださいます。」
(第一コリント10:12・13)


このみことばで、私は元気付けられました。
それを期に、私はいろいろなことで挫折しそうになるたび、
聖書を開くようになりました。

それからは、私は教会に積極的に行くようになり、
イエス・キリストを救い主として受け入れることを決心しました。
その方が、自分は自信持っていろいろなことが
出来そうな気がしたからです。


また、初めは神を受け入れるのは弱い人がすることだと思っていて、
空手家として抵抗がありましたが、
空手をやれば肉体や精神は強くなっても、
罪に対しては強くなれないことがわかり、
そんな抵抗もなくなりました。

空手や学業で倒れそうになったときは、
それを必ず逃れられる神様からの試練だと思うことにより、
挫折せずに乗り越えられるようになっていきました。

それで、あれだけダメだった学業や空手は上達していきました。
「私を強めてくださる方のおかげで、
私には全てが可能です。」
(フィリピ4:13)
とあるとおりです。


それに、クリスチャンになってからは、
「神の計画」というものについて悟るようになりました。
その例として、一体何のために私は空手なんか始めたのか、
あんなに挫折を繰り返しながら
なぜやめなかったのかということがわかりました。

「神は知恵あるものに恥をかかせるため、
世の無学な者を選び、
力ある者に恥をかかせるため、
世の無力な者を選ばれました。」
(第一コリント1:27)

とあるとおり、神様は第一の証し人として
極端に下手で弱い私を選び、空手サークルに遣わしてくださったのです。
何度か挫折でやめてしまおうかなと思ったこともありますが、
それでもやめることがなかったのも
私は神に選ばれて導かれていたからではないでしょうか。

しかし、空手ということもあってサークルでは
上下関係が厳しく、直接の証が難しいので、
私はただ祈るくらいしか出来ませんでした。
しかし、それでも効果がありました。
なんと、サークルから二人、教会に導かれたのです。
まさに「恵み」です。


3年生になってサークルを引っ張る立場になったときには、
ぜひもっと積極的に証を行いたいと思っています。

ぜひ皆さんも自分の今置かれている立場・場所での目標を見つけ、
頑張っていかれることを祈ります。全てを主に栄光を帰します。